[2020.10.15]
新型コロナウイルスの検査と言えばPCR検査や抗原検査がよく話題に上り、希望者がすぐに検査を受けられるようにすべき、とか、全国民に実施すべきなどと言う意見も聞かれます。医師の立場からこれらの話を聞いていると、検査結果をどう判断するかということに関して、一般の方の間では(または医療関係者の中でも)誤解があるのではと感じることが多くあります。この記事では、特に多くの誤解が生じていると思われる検査結果の解釈についての話題を取り上げます。
前半は高精度の検査結果の解釈について一般論を述べ、後半では新型コロナウイルス感染症のPCR検査の具体例を考えていきます。✓よくある誤解:「検査の結果が陽性」と言われただけでその病気にかかっていると判断してしまう
✓正しい理解:検査結果だけで病気の有無を判断するのではなく、診断については医師に相談する
✓新型コロナウイルスのPCR検査では、検査陰性はその時点で感染していない有力な証拠になる
キーワード:検査診断学、陽性、陰性、感度、特異度、陽性的中率、陰性的中率、検査前確率、PCR検査
目次
高精度の検査で『陽性』と結果が出たら、その人は高確率でその病気にかかっていると言えるのか?
新型コロナウイルスの例でいえば、「PCR検査で陽性だった」と言われれば、その人は新型コロナウイルスに感染している、と即座に判断される方がほとんどだと思います。しかし、科学的に見ればこれは全くの誤解です。どんな検査でも、その結果のみで即座に何かの病気の診断になるということはありません。検査を受ける前の状況、つまり、その地域の病気の有病率(全人口中、何人がその病気を罹患しているのか)や、その人の症状や身体所見などを加味せずに、病気の診断をすることはできないのです。
まず新型コロナウイルスは置いておいて、例として以下の問題を考えましょう。
問題:Aさんがある感染症Bの原因ウイルスを検出する精度99%の検査を受けたところ、結果は陽性だった。では、Aさんが感染症Bに罹患している確率はどれくらいでしょうか?
上述したように、これだけの仮定では確率を計算することが出来ません。この確率を計算するには、そもそもこの感染症Bがどれくらいの有病率なのか ある時点で、全人口のどれくらいの割合の人が感染症Bにかかっているか)を仮定する必要があります。ここでは、感染症Bにある時点で感染している人が日本全体で1万人程度いると考え、有病率を0.01%(1万分の1)と仮定します。
次に、検査の精度とは何かを考えます。検査の精度とは、以下の2つに分けることが出来ます(病気にかかっている=原因ウイルスを持っている、病気にかかっていない=原因ウイルスを持っていない、と考えることとします)1.「真にその病気にかかっている人が検査を受けると陽性と出る確率」:この確率を感度と呼びます
2.「真にその病気にかかっていない人が検査を受けると陰性と出る確率」:この確率を特異度と呼びます。
一般的に、検査の精度とは「感度〇%、特異度〇%」と表されます。この例では、「精度99%」と言っているので、「感度99%、特異度99 の検査であると仮定します。このような検査で陽性の結果が出た、とはどういうことを意味するのでしょうか。医療系の大学では、検査診断学の中で必ず理解しなくてはいけない、重要な問題です。解法としては、全人口を仮に100万人として以下のようなマトリックスを計算により埋めていくと答えが出せます。
まず、③⑥⑨の列をみていきます。
全人口を100万人としているので、⑨=100万人です。 全人口100万人に対する感染症Bの有病率を0.01%と仮定しているので、③=100万×0.01%=100人、⑥=100万-100で999,900人となりますが、ほとんど同じなので100万人と考えます。
次に、病気にかかっている人の行に注目します。
「病気にかかっている人のうち、検査を受けると陽性となる人」の確率が感度なのでした。したがって、①=100人×99%=99人となります。②=100-1=99人です。
次に、病気にかかっていない人の行です。
「病気にかかっていない人のうち、検査を受けると陰性となる人」の確率が特異度でした。したがって、⑤=1,000,000×99%=990,000人、④ = 1,000,000 – 990,000 = 10,000人となります。
最後に、一番下の行です。
縦の列に沿って足し算をすれば良いので、⑦ = 10,099人、⑧ = 990,001人となります。
さて、以下のように表が埋まりました(概算ですので一番下の行のヨコ方向の計算は合いませんが)
求めたい確率は、「検査で陽性と出た人のうち本当に病気にかかっている人の確率」(陽性的中率と呼びます)でしたので、上の赤枠で囲まれた行に注目して、99÷10,099 = 0.0098… = 約1%となります。
つまり、精度99%の検査を受けて陽性の結果だったとしても、有病率が0.01%だと、その人が本当に病気にかかっている確率は1%程度にすぎない、という結論になります。このように、陽性と出た人でも、その病気にかかっている確率はまだまだ無視できる程度しかないということが往々にしてあります。
感覚に合わないという方もいるかもしれません。この結論には、「検査する前に、その人が病気にかかっている確率(検査前確率)が0.01%とごく小さい」ということが影響しています。今回は検査を受ける人の症状の有無は無視して、症状がない人も含めて考えているため、検査前確率が有病率と同じ0.01%とごく小さいものでしたが、この人に発熱や咳、くしゃみ、息苦しさ、といった症状があると、検査前の段階から、感染症にかかっている確からしさが無症状の人と比べると飛躍的に上がっていきます。このあたりの診たては医師の診察によりますが、病気を疑う症状や身体診察上の所見が複数あることで検査前確率が1%, 10%と上がってきた場合に、検査をする意義が出てきます。その上で検査結果が陽性となった時には、その人が病気である確率が70%, 80%と考えられるようになるため、症状、身体診察の所見、他の検査結果と併せて病気の診断が下るという流れになります。
ここでは例として感度・特異度を99%として算出しましたが、この数値が異なればまた違った結果が出てきます。しかし、どんな検査でも感度・特異度が100%ということはまずあり得ないため、検査結果のみで診断をすることはできません。
新型コロナウイルスのPCR検査では
新型コロナウイルス感染症のPCR検査の例で考えると、確かな数字は分からないものの、有病率は0.1%~1%程度はありそうです。特異度は96%~99.7%など高い数値が出ていますが、感度は50~70%程度のようです。最後に、有病率0.5%, 特異度99%, 感度60%としてもう一度マトリックスを計算してみると、以下の様になります。
この表から、陽性的中率は3,000÷12,950=約23%と、最初の仮定よりは高い確率が出てきました。しかし、まだ病気にかかっていると確定するには低すぎる確率でしょう。一方で、「検査結果が陰性の人が、病気にかかっていない確率」(陰性的中率)は985,050÷987,050=約99.8%と、殆ど100%と言えます。つまり、この仮定であれば、検査結果で陰性と出た場合には「ほぼ確実に病気にかかっていない」と言えるため、陰性の結果はその病気にかかっていないことの一定の証拠になります。但し、検査を実施した後に罹患する可能性もありますから、感染対策を怠って良い理由にはなりません。ちなみにこの表から、症状が何もない人も含めて100万人にPCR検査をしたとすると、「病気にかかっているのに陰性と出る」いわゆる『偽陰性』が2,000人に起こることが分かります。感度があまり高くない検査をあまりにも多くの人に対して実施した場合、病気にかかっているのに陰性と出てしまう人も多く出現してしまうことに注意が必要です。陰性と出ていても症状があったり、感染者との濃厚接触がある場合は、医師の診察により感染者と考えられる場合もあるでしょう。
地方・海外へ出張に行かれる方や高齢者用施設で勤務される方など、新型コロナウイルスに感染していないという証明を必要とされる方は、PCR検査の陰性結果を利用されるのも合理的であると考えられます。
まとめ
新型コロナウイルス感染症の有病率を0.5%、PCR検査の感度を60%、特異度を99%と仮定すると
1. 陽性的中率は23%と小さいため、検査陽性のみを持って感染の診断にはならない
2. 陰性的中率はほぼ100%(99.7%以上)であり、検査陰性はその時点で感染していない有力な証拠になる
3. 検査の結果が陰性であっても、感染対策を怠ってよいことにはならない
医師 産業医 永野泰寛