当院では2020年9月より【ブレインフォグに対するTMS治療】を実施しております。
ブレインフォグは医学用語ではありませんが、コロナウイルス感染症の広がりによりコロナ後遺症(LongCovid)の症状の一つとして社会に知られるようになりました。
元々当院では、コロナ禍前の2017年ごろより抑うつ状態や抗うつ薬の副作用として「頭にモヤ(霧)がかかった状態」のブレインフォグの相談を受けていました。
この記事では、コロナ後遺症としてのブレインフォグのメカニズム・症状や当院で行っている治療法について解説します。
コロナ後遺症として知られるブレインフォグ
コロナ後遺症に対して日本では「厚生労働省新型コロナウイルス感染症 罹患後症状のマネジメント」としてコロナ後遺症に対するガイドラインがあります。
しかしながら、呼吸器や循環器・嗅覚味覚などの耳鼻科症状など「身体」に関わる治療フローは整えられたものの、思考力・集中力や決断力などの認知機能障害としての「ブレインフォグ・脳や心」に関わる治療フローは未だ確立していません。
そのため、【コロナ後遺症外来】でも、咳や倦怠感、息苦しさに関わる「身体」についての検査や治療ができる医療機関はありますが、ブレインフォグ、脳疲労や認知機能などの「脳と心」に関わる治療が対応できる医療機関は少ないことが社会課題になっています。
「ブレインフォグ」は集中力や思考力、決断力が低下し頭が冴えない「頭にモヤ(霧)がかかった」状態です。
感染後には、思考力・集中力低下のブレインフォグだけでなく疲労感や倦怠感、頭痛、不眠、筋力低下など他の症状を伴うこともあります。
新型コロナウイルス感染症だけでなく、SARSやMERSなどのコロナウイルス感染症の後遺症としてもコロナ後遺症・「ブレインフォグ」のような症状が報告されていました。
新型コロナウイルス感染症でも変異株により、後遺症の傾向が変わることが指摘されています。
オミクロン株では派手な感染症状はなく、後遺症としても味覚・嗅覚の異常が出にくいものの、咳や倦怠感、ブレインフォグなどの認知機能低下、気分の落ち込みを起こしやすいという報告があります。そのため感染時期の症状に対して後遺症の症状が目立ち、オミクロン後遺症として知られるようになっています。
コロナ後のブレインフォグの症状
コロナ後遺症として「ブレインフォグ:頭のモヤ(霧)」は集中力や思考力、決断力が低下するなど家庭や仕事に大きな影響を出します。
- □集中しようとすると頭がぼーっとしてしまう
- □文章を読んでも意味が取れず、何度も読み直す
- □決断力・決断のスピードが低下した
- □気力がわかず仕事や家事への取り掛かりを先延ばしにてしまう
- □マルチタスクをしようとすると優先順位が付けられない
- □思考の負荷がかかると疲れて横になりたい
- □人の話がすぐに理解できない
オミクロン株によるブレインフォグの急増をうけ、2022年よりコロナ後遺症のブレインフォグに対する短期集中TMS治療を実施しています。
コロナ後のブレインフォグの機序
ブレインフォグの発症する仕組みはまだ明らかになっていませんが、うつ病にも関わる脳の慢性炎症が関係していることが示唆される研究が世界で行われています。
ウイルスへの感染やストレスにより、中枢神経系における免疫担当のミクログリアが活性化し、脳でが炎症状態となり、うつ状態やブレインフォグにつながると考えられています。
TMS治療はミクログリアの活性、脳の慢性炎症を抑えることで、ブレインフォグが改善する可能性があります。
コロナ後のブレインフォグの治療
コロナ後遺症のブレインフォグに対する治療は確立されておりません。
ブレインフォグの機序自体が一般的にはまだ不明であり、自分のライフスタイルに合わせできる治療を行うことをおすすめします。
コロナ後遺症の治療は、咳、吐き気、頭痛、倦怠感などに対し、上咽頭炎治療(EAT、Bスポット治療)や、漢方薬や鍼灸などの東洋医学、温熱療法、抗うつ薬、抗菌薬、抗ヒスタミン薬などの薬物療法、BCAAや亜鉛、鉄などの栄養療法、サプリメントなどが提案されていますが、特に集中力や思考力低下、ブレインフォグに対する脳の治療は未だ確立していません。
脳の磁気治療:TMS治療とは?
TMS治療は日本語では経頭蓋磁気刺激と呼ばれ、脳を直接刺激することによって脳の状態を改善します。
ブレインフォグの脳ネットワークでは、DMN(デフォルト・モード・ネットワーク)が過剰な活動をしており、CEN(セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク)が活動低下している状態ともいえます。TMS治療は脳のネットワークを調整して治療します。
TMS治療は、磁気により身体を傷つけることなく脳細胞を刺激することで脳の治療ができる副作用の少ない新しい治療です。
元々、脳神経内科領域の検査やリハビリテーションの治療などにも使用されていた機器であり、2000年頃から急速に心の治療としてTMS治療の研究がすすみました。日本でも世界に10年遅れ、2019年6月にうつ病に対するTMS治療が保険診療化されました。海外では主流な治療の一つでもありますが、日本では保険診療化されたばかりの治療であり、TMS治療の経験がある日本の医療者は多くありません。
当院では、ハーバード大学TMSコースを修了した医師が、精神科教授、神経内科専門医、脳外科で脳波を専門としていた臨床工学技士と協同し、4000人以上の日本人に対する症例から、「日本人に合わせた世界標準のTMS治療」を行っています。
重症化すると長期にわたって薬物治療が必要になることもあり、重症化しない早めの段階でTMS治療を行うことを検討される方も多くいらっしゃいます。
ブレインフォグに対するTMS治療はいつから始めるの?
脳卒中のリハビリは「急性期から始める」ことが大切!といわれる通り、コロナ後遺症も神経可塑性の視点から症状が出てからできるだけ早く治療を開始することをおすすめします。
TMS治療の機序の一つである神経可塑性が生じやすい(感受性の高い)時期は発症後から時間が経っていない時期です。
発症後から時間が経っていない時は、脳の可塑性を高める物質(facilitatory factors)の脳内濃度が高く、脳の可塑性を抑制する物質(inhibitory factors)の脳内濃度が低い状態です。
ハビリテーションの考え方としても時間が経過するにつれて治療効果は弱くなっていくといわれています。
TMS治療は何回くらいで効果が得られるの?
TMS治療は個人差が大きな治療です。
1回だけで効果が出るケースは少なく、脳の調整がされてくる10回程度から効果が現れ始めることが多いです。
基本的には、まずは症状をよくするために10~20回TMS治療を行い、状態を安定させるために徐々に間隔を伸ばして10回程度フォローアップを行っていただくことをオススメしています。
コロナ後遺症の場合、神経可塑性が保たれていることで早い段階で治療をされる方については、うつ病などよりも比較的早く効果が出ることがある印象です。
当院のTMS治療効果について
当院では、2021年4月19日から2022年4月4日までコロナ後遺症のブレインフォグを主訴にした症例で約7割が自覚症状・心理検査ともに改善されました。
落ち込みや集中力の心理検査が改善され、「決断のスピードが戻ってきた」、「本が読めるようになった」、「優先順位が付けられるようになった」と日常生活に影響が出ていた症状が緩和されたケースもありました。
元々TMS治療は個人差が大きな治療でもあり、効果を約束するものではありませんが一定の改善率が示されました。
当院は、日本人に対する3500症例以上のTMS治療経験をもとに、ハーバード大学TMSコースを修了した医師と大学の精神科教授、臨床工学技士チームで日々データを積みかさね、「日本人に合わせた世界標準のTMS治療」を提供しています。
当院の症例報告
20代女性 コロナ後のブレインフォグ (おちこみ、何も手につかない)
受診3ヶ月前に新型コロナウイルスに感染しました。元々は外交的な性格でしたが、受診2ヶ月前から通っている大学で対面授業が始まり、そのタイミングから急に落ち込み、頭にモヤ(霧)がかかった感じが出現しました。
大学の課題が手に付かず、友達ともうまく付き合えなくなり、マイナス思考が強くなったことにお困りで受診されました。初診時も落ち込みが強く、ブレインフォグに対しベーシックTMS治療を開始しました。
10回終了時、落ち込むことはまだあるものの、以前のようなどん底ではなくなったとお話しされました。20回目終了時、人とも普通にしゃべれるようになり、「完全に元の状態に戻った感じ」とお話しされました。
40代男性 コロナ後のブレインフォグ (元々の抑うつ状態が悪化した)
以前より抑うつ症状は認めていたものの、6ヶ月前に新型コロナに感染してから、より落ち込みが強まったとのことでした。落ち込みに加えて、文字を読んでも頭に入ってこないブレインフォグの症状もありました。
受診当時、お薬を内服しても、頭がぼんやりするばかりで改善した感じがしないことにお困りで当院を受診されました。初診時は、頭にモヤがかかった状況で立っているのもつらく感じるとのことでTMS治療を開始しました。
10回終了時には、前よりも頭がすっきりして仕事内容が理解しやすくなり、仕事の成果が出ているとのことでした。20回目にはブレインフォグにより仕事が邪魔されにくくなり、「受けやすい治療で自分の人生を考え直す取っ掛かりになった」とお話されていました。
50代女性 コロナ後の倦怠感とブレインフォグ(動くと疲れて一日寝てしまう、言葉が出てきづらい)
1ヶ月前にコロナウイルスに感染し、自宅療養翌日より頭のすっきりしない感じが続いていた。クリニックのコロナ後遺症専門外来に受診し、漢方や鉄剤を処方してもらったものの大きな改善が認められていなかった。
仕事を再開したところ、人と話すときの言葉が出て来なかったり、話の意図が伝わらなかったりとブレインフォグの症状が出現し、横にならないと動けない疲れやすさに悩まされれるようになった。
PS2であり、「PEM(Post-exertional malaise) :運動後(労作後)倦怠感」にならないできるだけ負荷をかけないように運動や外出をしないほうがよいと主治医からアドバイスをもらったものの、改善の見込みがなく不安がつのりました。
ブレインフォグだけでも改善したいとTMS治療を希望され来院されました。
TMS治療5回目の時にはPSが0になる日もあり、人との会話でも言葉が出やすくなり、記憶もよくなってきたと話されていました。TMS治療10回目の時には逆に疲れてしまうため湯舟につかれなかった状態が、湯船につかれるようになりました。
TMS治療20回目の時にはPS0となり、前にできていた外出や習い事などを少しずつはじめてみようかという気持ちになってきたとお話しされていました。TMS治療25回目の時には、2週間に1回の治療メンテナンス治療に移行しました。
30代男性 コロナ後の不眠・ブレインフォグ (疲れやすさ、集中力の低下・決断力の低下)
会社やプライベートなどでの変化がないもののコロナ感染後から頭がぼんやりするようになったり寝つきが悪くなり日中に眠気や倦怠感が強く出るようになってきた。
当院初診時PSは4であり、集中力低下と入眠障害、倦怠感に対するTMS治療を希望され来院された。
治療10回目の時には、PS1となり頭がすっきりするようになってきていたが、日中にぼーっとする感じは継続していた。寝つきが1時間半かかっていたものが30分から1時間程度で眠れるようになった。
20回目の時には、ブレインフォグも特に感じず、睡眠も安定するようになりました。コロナ感染前よりも決断のスピードが早くなり仕事がはやくなり、再発予防と集中力の維持のため2週間に1回のメンテナンス治療をおこなっている。
一概に症状だけではなく元々の性質などにより、合わない刺激がある場合は異なる刺激をご案内することもあります。
来院いただいた後は、心理検査を行い、TMSチームが診察にて丁寧にお話を聞かせていただきます。