[2020.07.03]

ケアレスミスが多い、忘れっぽい、一つのことに集中できない・・・、そんな症状、あなたにもありませんか?
ひょっとしたら、それはADHD(注意欠如多動症)の症状かもしれません。
近年、医療分野においてだけでなく、ビジネスパーソンの間でも注目されている、ADHD症状とその対策についてご紹介します。
目次
ADHDとは(ADHDの疫学、概要、主な症状)
ADHDは、ASD(自閉スペクトラム症)と並んで発達障害の一つに分類される障害であり、小児では総人口の8~10%に及ぶと言われます。以前は小児期のみの疾患とみなされ、成人すれば症状の大部分は改善すると考えられていました。しかし、近年ではむしろ、小児期には重大なトラブルを生じなかったものの、成人し職に就いてから障害が大きく感じられるケースが多いことが明らかになってきました。更には、うつ病や躁うつ病、不安障害と診断され、長期に渡って精神科に通院されている患者さんの中でも、実は背景にADHD症状による困りごとがあり、それを起因として精神症状を発症していたという方もおり、適切な治療がなされていたのかが問題となるケースもあります。
DSM-5(米国精神医学会による精神疾患の診断マニュアル)におけるADHDの診断基準によると、ADHDの症状には、以下のようなものがあります。
不注意症状
a 細やかな注意が出来ず、ケアレスミスをしやすい。
b 注意を持続することが困難。
c 上の空や注意散漫で、話をきちんと聞けないように見える。
d 指示に従えず、宿題などの課題が果たせない。
e 課題や活動を整理することが出来ない。
f 精神的努力の持続が必要な課題を嫌う。
g 課題や活動に必要なものを忘れがちである。
h 外部からの刺激で注意散漫となりやすい。
i 日々の活動を忘れがちである。
多動性/衝動性症状
a 着席中に、手足をもじもじしたり、そわそわした動きをする。
b 着席が期待されている場面で離席する。
c 不適切な状況で走り回ったりよじ登ったりする。
d 静かに遊んだり余暇を過ごすことが出来ない。
e 衝動に駆られて突き動かされるような感じがして、じっとしていることが出来ない。
f しゃべりすぎる。
g 質問が終わる前にうっかり答え始める。
h 順番待ちが苦手である。
i 他の人の邪魔をしたり、割り込んだりする。
精神科診療におけるADHD診断の「敷居の高さ」

社会生活で上手くいっていない実感があり、インターネットで調べて上記のような症状があるので「自分も実はADHDなんじゃないか?」と考え、意を決して精神科を受診してみるも「ADHDの診断にはならない」と言われ途方に暮れてしまう方が大勢いらっしゃいます。まず、成人の発達障害を扱っている医療機関の数が限られており、診てくれる病院を見つけるのに一苦労。更に、発達障害を専門に扱っている精神科での診察は、実は診断まで詳細な問診と検査が必要であり、時間がかかるものです。上記の様な不注意症状、多動性/衝動性症状がそれぞれ5個以上当てはまり、それが12歳未満の時期から続いていること、学校、家庭、クラブ活動、会社など複数の状況で起きていること、社会生活に支障を来していること、他の精神疾患による症状でないことを確認された上で診断となります。本人やご家族との問診の他、WAIS-III、ADHD-RSといった心理検査の結果が参考にされることもあります。
このように、診断は「それらしい症状がいくつかある」、「検査で傾向が見られる」といったことだけでなされるものではありません。また、患者さんの中には他院にて「QEEG(定量的脳波)検査でADHDと診断された」と言って当院に来られる方もいらっしゃいます。当院としては、「ADHD患者さんのQEEG所見については現在研究が進められているものの、それだけで診断ができるようなものではない」と考えています。精神科診療において一般的な診断方法とは言えないでしょう。
診断にならなくても、ADHD傾向に悩む方には医療のサポートが必要

精神科医の立場からは、ADHD治療薬の中には覚醒剤に近い成分の中枢神経刺激薬もあるために、簡単に診断を出すことができないという一面もあります。一方で、正式な診断には至らずとも、ADHD症状が原因で様々な生きにくさが生じていると判断されるケースでは、生きにくさを改善するためのサポートをしていく医療も必要であると私たちは考えています。
ADHD症状の治療にあたっては、まず「他の人が問題なくできることでも、自分には難しいことがある。自分の特性を理解し、適切な対処法を学ぶ」という認識を持つことが重要です。職場の上司や産業医にこの事を伝え、相談してみるのはいかがでしょうか。職場においても「ADHDである事を正確に診断できる病院は少なく、ADHDの診断がつく人もひと握りしかいない」という医療の現状をご理解頂いた上で、「診断が下りなくても、本人の努力とともに周囲も理解しサポートしていく」という認識があると、より働きやすい会社づくりができます。
ADHDの診断がつかない方に対しても、問診によってどのような原因で職務上の困難が生じているのか、どのような業務で特に周囲のサポートが必要になるのか判断し、より働きやすくなるようにすることも可能です。このようなサポートは関連病院であるベスリクリニックで行っております。
ADHD症状の困りごとを減らす方法
生活習慣の改善(睡眠、運動)
これまでに、睡眠や運動といった生活習慣を改善することでADHD症状が緩和されるという研究結果が積み重ねられています。
睡眠
ADHD症状は、深刻な睡眠障害との関連が指摘されています。例えば、成人のADHD患者の27%で慢性的な不眠が見られたとの報告があります。また、ADHDの認知行動症状(忘れっぽさ、ケアレスミス)の多くが、短時間睡眠と睡眠の質の低さに影響しており、更にはそのような睡眠障害がADHD症状の原因にもなり得ます。

睡眠を改善させる方法は人によって様々ですが、ADHD症状を持つ成人では、特に夜間に自分の興味のあること(ゲーム、ネット、仕事など)に没頭して夜更かしをしてしまったり、お酒を好むために睡眠の質が落ちていることが多いため、以下のことに気をつけると良いでしょう。
- 起きなければいけない時間から逆算して7、8時間の睡眠時間が確保できる時間を眠る時間に設定する
- 眠る時間の4時間前までにウォーキング、ジョギング、サイクリング、筋トレなどの運動を30分程度行い、身体を疲れさせる
- 眠る時間の1時間半前までに入浴して体を温める
- 眠る前2時間はPC、スマホ、テレビを見ない
- 節酒、あるいは断酒に努める
運動

- 一日30分以上の早歩き(必ずしも30分続けて行う必要はありません)
- 一週間に2回以上の筋力トレーニング(最初はスクワット20回、腕立て伏せ20回、腹筋20回から)
などの、適度に心拍数が上がる運動が効果的です。運動の効果としては、一般的に - 心肺能力の向上
- 前向きな気持ちになる
- より深くて良質な睡眠がとれるようになる
- 思考や作業の記憶をつかさどる脳の領域である海馬の細胞がより多く生まれる
といったものがありますが、ADHD症状がある方については不注意症状や集中力低下が軽減されたり、不用意な言動を抑制するといった効果も期待できます。
何故、運動でADHD症状が良くなるのか?
ADHD症状の神経生理学的な原因としては、注意・実行機能の中枢である前頭前皮質-線条体回路におけるドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、セロトニン作動性ニューロンの活動低下と考えられています。また、ADHDでは前頭前皮質の一部や線条体が健常者と比べ小さくなっているという報告もあります。前頭前皮質は行動の計画、人格の発現、適切な社会的行動の調節に関わっている脳領域であり、現在の行動がどのような結果をもたらすかを判断したり、不適切な行動を抑制する「実行機能」に関係しています。また、前頭前皮質-線条体回路は重要な情報の選択と認識、ワーキングメモリ―内の情報の操作、計画と整理、行動の制御、変化への適応、意思決定を司ります。
運動によって、この前頭前皮質-線条体回路の神経伝達物質であるドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、セロトニンの分泌量が上昇することが確認されています。これによって、ADHDの認知行動機能を改善する(忘れっぽさやケアレスミスが少なくなる)と考えられています。また、運動後の被験者の脳の構造を調べた研究では、前頭前皮質や海馬の灰白質が増加し、連結性に変化が見られました。ごく最近の研究で明らかになったこれらの機序により、運動にADHD症状の緩和効果があると考えられています。
短期的には、たった1度の20分以上のウォーキング、ジョギング、サイクリングといった有酸素運動によって、不注意症状や集中力、不適切な行動の抑制に効果が見られたという報告が数多くあります。2,3週間の期間継続した運動(ジョギング、水泳、サイクリング、縄跳び、球技)の効果について調べた研究では、不注意、多動、衝動性といったADHD症状の他、実行機能、学業成績、運動技能の向上が見られました。
ADHD症状に悩む方のためのライフハック

ADHD症状のある方は、目の前のことに集中するあまり、その日の予定ややるべき事を忘れてしまうことがあります。「人と会う約束があったのにすっぽかしてしまった」という方もいらっしゃるでしょう。
その日の予定やタスクを一つ一つ付箋にメモして、デスクに貼っておく
こうすれば、やるべき事を「見える化」できるので忘れにくくなります。また、抱えている仕事が多くなれば一目瞭然なので、「今これだけ仕事を抱えていて新しい仕事を受けるのが難しいです」ということを上司の方に伝えやすくもなります。
また、音声のみだと、しっかり内容を把握できない、つい指示を聞き漏らしてしまうということが起きがちです。
大事なことはできるだけ書面にしてもらう、あるいは「メモをしないと確実に忘れるのでメモの時間を下さい」とメモの時間を確保する
仕事の指示や手順などは、このようにできるだけ視覚情報で把握できるようにすると、「この前お願いしたあれ、できてないの?」と注意されることも少なく出来るでしょう。
ADHDに限らず発達障害傾向のある方は健常な人と比べて仕事に集中するのにより多くのエネルギーを使い、周囲に気を張っているため疲れやすい傾向があります。午後に強烈な眠気に襲われ、仕事中や会議中にどうしてもうつらうつらしてしまうとしばしば聞かれます。
お昼休みには10〜20分の昼寝時間を設ける
耳栓、アイマスク、卓上枕で休息を取りやすくする
仕事中、目に入ったものに気が散ってしまいがちだったり、周囲のちょっとした話し声でも集中が困難になります。作業に集中するには、まず気が散る要因を削ることが大事ですので、以下のことが出来ると良いでしょう。
デスクに余計なものを置かない
耳栓、ノイズキャンセリングイヤホンで雑音をカットする
以上、ADHDという疾患と、その症状が引き起こす困りごとへの対策についてご紹介してきました。この記事でご紹介した工夫が少しでも参考になり、困りごとをやわらげることが出来ましたら幸いです。
精神科医 産業医 永野泰寛